2011年9月28日水曜日

従業員がうつ病になったら

 従業員がうつ病になったら会社としてどうすればよいでしょうか。

【うつ病って何?】

「うつ病」が話題になっていますね。「うつ病」ってなんでしょうか。
やる気が出ない。抑うつなどのうつ症状が出る病気と言われていますね。うつ症状が現れる病気にはうつ病以外にもあるようです。これには、以前は精神分裂と言われていました統合失調症をはじめ、双極性障害(以前は躁うつ病)、パーソナリティ障害(以前は性格障害)があります。対処法はその原因により異なるようです。

ここでは、最近多いと言われる「職場におけるうつ病」に焦点を当ててお話しします。
うつ病には、従来型うつ病(「メランコリー親和型うつ」)と現代型うつ病(「ディスチミア親和型うつ」)に分類されています。従来型うつとは、真面目で几帳面、仕事熱心な方で40代50代の年配の人がなる傾向があり、現代型うつとは、逆に几帳面でもなく仕事熱心でもない方で20代30代がなる傾向のようです。


【職場での対応は?】

それでは、職場での対応としてどうすればよいでしょうか。厚労省では、指針を出して、職場での予防と早期発見に力を入れています。「職場における心の健康づくり~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」(厚労省)において、4つのメンタルケアを提唱しています。
4つのメンタルケアとは、

①労働者自身がメンタルに対する理解やストレスへの対処を行う(セルフケア)、

②職場として対応する(ラインケア):教育、相談窓口の設置等、相談窓口の設置など、

③事業場内産業保健スタッフ等によるケア、

④事業場外部資源によるケアの4つのケア:EAP(Employee Assistance Program)

などの活用のことです。


【職場ではどんなふうに現れるの?】

早期に発見するには、職場における行動として現れるものと、身体に現れるものがあります。行動面としては遅刻、早退、欠勤が増えることや、能率の低下やミスが増えること、それに伴い残業時間が増え、もめごとが増えることなどがあります。身体面には、めまい、頭痛、吐き気、不安感、不眠など現れてきます。


【発生したら】

うつ症状が発生したら、本人との面談を行い、職場上長や総務人事担当などが相談窓口となり本人との面談を行い、場合によっては産業医による健診など受診を勧奨します。その結果をみて、一般的には休職という流れになります。


【休職させる場合は】

休職させるか否かは主治医の診断書や会社指定の医師の意見などを参考に会社が判断します。休職することになった場合には、連絡方法や会社側窓口の設置、休職期間など確認しておく必要があります。
そのためには事前に休職させる場合の対処を休職規定として設けておくことが肝要です。


【復職する場合は】

病気が改善し、復職する場合には、本当に復職が可能なのかを会社として見極める必要があります。復職したが従来通り仕事をすることができない場合には、また休業となり、繰り返すことになります。主治医の診断書には本人の意向やご家族の意思が反映されている場合があるため、主治医の意見だけで復職を決めるのではなく、産業医や会社の指定の医師の意見も取り入れることが大切です。

次に、生活状況がどうなのか、仕事をさせてみて本当に可能なのかをみるリハビリ勤務などを検討します。その際には職場での対応方(リハビリを復職とみなすのか休業とみなすのかなど)を復職規定などで予め決めておくことが大切です。

従業員がうつ病にならないための予防策、なった場合の対処、休職や復帰するときの対処など会社が決めることは多々あります。皆様の会社ではこれらを整理されておられますでしょうか。



釣り考 その4 ブラックバスがやって来た

   6年生だったか中1の頃だったか定かではないが、相模湖にブラックバスと言う外来種の魚が放流されたと仲間内で噂になった。
    この魚がどんな魚で、どんな釣り方をするのか誰も知らなかった。
    只、美味い魚だと言うことだけは、しっかり伝わっていたので興味があり、釣ってみたいとは思っていたが、その前に釣り方の知識を輸入しなくてはならない。

    現在のようにインターネットなどと言う便利なものはない時代だから、何処かで情報を入手しなくてはならない。当時相模湖に漁協などの組織はなかったので、取りあえずボート場で働く人に聞いてみたが、そこではブラックバスの言葉さえ判らなかった。
    僕達釣り仲間は学校でも放課後でも、勉強なんか二の次でブラックバスの釣り方論議が沸騰していた。
    ブラックバスと言う魚を見たこともないのに、とても滑稽な話に夢中になっていた。

 そんな或る日、一番上の従兄弟に会ったら「いいもの見せてやるから家に来い」と誘われ行ったところ、庭に金盥が置かれ、その中に今まで見たこともない魚が居た。大きさは尺上で色は濃い緑、野鯉と鮒の中間くらいの体型、何よりも口が馬鹿でかく鋭い歯が無数に生えている。

    僕は一瞬「ピラニヤか」と思った(ピラニヤだって見たことはないが知識では知っていた)。
    従兄弟は「これがブラックバスだ」と教えてくれた。
    僕は驚いた、どうして従兄弟はブラックバスを釣れたのか、従兄弟はアメリカに行ったことのある友達から知識を得て釣ったらしい。

    釣り方について従兄弟は、テグスは3号、ハリスは鯉針、餌はドバミミズ、棚は底と教えてくれたので、その日の内に仲間に教え歩いた。
    従兄弟は、「明日洗いにして喰うから来い」と言うので翌日の夕方従兄弟の家に行ったところ、ブラックバスの洗いが出来ていた。
    喰ってみたら、臭みはないし身は歯応えがあり、鯉より美味いと思ったし、フライパンで蒸し焼きにしたのも美味かったな。

    僕は半ドンの土曜日の午後、仲間と誘い合ってブラックバス釣りに出掛けたけれど、その日は誰も釣り上げることは出来なかった。
    暫く通った甲斐あって僕は、とうとう待望のブラックバスを釣り上げた。
    引きは、鯉より強くよく走り回り竿が折れるかと思ったが執念で上げたけれど、針を外す時、この歯で食いつかれるんじゃないかと不安になったが何事もなく針を外すことが出来た。
    形は従兄弟が釣ったのとほぼ同じだった。
    僕は喜び勇んで戦利品を家に持って帰ったが、母は気持ち悪がって料理拒否されたのでそのブラックバスは我が家の食卓に上ることはなかった。

    ブラックバスが在来種の魚の生態系を悪化させるなんて、この時は思っても見なかったが、今は憂いている。僕の聖地である渓流も少なからず侵されているんだ。
    あの時はブラックバスに輝きめいたけれど、今は駆逐したい。
    ブラックバスに責任はないんだ、皆馬鹿な人間が悪い。
    ブラックバス釣りは一時の熱病みたいなもので、いつしか話題にもならなくなり、誰も釣らなくなり、仲間内では忘れられた魚となった。
    しかし、20年くらいの時を経てスポーツフィッシングとして復活し、今では相模湖でも津久井湖でも主流の釣りにのし上がった。
    在来種は怯えて肩身の狭い思いをしているのかな。

   ブラックバスは、1925年に実業家赤星鉄馬が芦ノ湖に政府公許のもと試験放流したのが最初と 言われている。
  1945年に進駐軍によって相模湖や津久井湖に部 分拡散されたと記録されているが、相模湖でバスが 確認されたのは昭和30年代だったし、津久井湖は 昭和40年代である。

    僕は昭和30年代前半、相模湖公園で野営をしていた進駐軍に食料をもらったことはあるが    
 ブラックバスを湖に放流したなんて話は聞いたことはないし、町の人からも聞いたことはない。    僕が初めてその名を耳にしたのは、昭和30年代半ばであったことは間違いない。         在来種の魚しか見たことのない子供には、この魚体は恐怖だったな。
つづく

第三章 社会的責任の理解(その7)

3.4  国家における社会的責任

 ISO26000の中では、規格が国家の機能を一部でも代替することはないと規定せれています。この部分には、その理由が書かれています。同じ人権を守るということにしても、それは国家の義務であるからこの規格で扱う社会的責任とは異なっているということが述べられています。

 従って、規格自体が何らかの法的な規制となって組織に何らかの義務を課すということはないということになります。しかし、組織はそれでこの規格と向き合う必要がないと考えることはできません。

 一つには法規制が行われる際の基準のひとつとして参考にされることが挙げられます。今後、環境や雇用などの分野ではサスティナビリティに関する法規制が増加していくことが予測されますが、その際国際規格であるISO26000が参考にされることは十分に考えられます。特に、規格策定にあたっては多くの途上国も参加しており、これまで不十分であった環境規制や雇用問題の対応に応用されることもありえます。

 また、法令による直接的な規制がなかったとしても、組織が行った活動や決定に関して社会からの評価についても、組織は考慮しなければなりません。国家による規制がなかったとしても、法規制ではないソフトローの一部になることは考えられます。また、組織が自らの活動や決定について説明する際の指針のひとつともなるのです。

2011年9月21日水曜日

第三章 社会的責任の理解(その6)

3.3.5  社会的責任と持続可能な発展との関係

 社会的責任と持続可能な発展との間には、非常に密接な関係がありますが、これらは同じものではありません。

 持続可能な社会という概念そのものは、1980年代の初めにはすでにありました。それが、世界的に大きな注目を集めたのは、1987年の「環境と開発に関する世界委員会」において報告された「我ら共有の未来」の中で使われたことによります。持続可能な発展とは、地球上の生態系が支えることのできる範囲内で生活していくことと、将来の人々のニーズを脅かすことにならないようにしながらも、現在の社会におけるニーズは満たしていくことを意味しています。持続可能な発展のためには、成長の回復とその質の変更、雇用・食糧・エネルギー・水・衛生など基本的ニーズの満足、人口の伸びの持続可能なレベルの確保、資源基盤の保護と強化、技術の方向転換とリスク管理、環境と経済を考慮した意志決定、が必要であるとされていますが、これは経済、社会、環境という3つの側面がそれぞれに関連し合っているということにほかなりません。

 一方で、社会的責任は持続可能性とは密接に関係していますが、こちらは持続可能な発展をしていくためにそれぞれの組織が取り組むべき責任のことをいいます。組織はステークホルダーとの係わり合いの中で、持続可能性を常に考慮しながら組織としての活動を行うことが重要なのです。ISO26000という規格で捉えられている社会的責任と、企業の社会的責任(CSR)との大きな違いがここにあります。CSRは企業の社会的責任を通じて、企業にとっての利益や企業価値工場を目指すことも含みますが、ISO26000では、特定の組織の持続可能性を考慮されているものではなく、社会全体の持続可能性に焦点があてられています。

 だからといって、個々の組織は自己の利益や価値の向上だけを考えることだけでは、その目的を達することはできません。なぜなら、社会的責任は常に持続可能性を考慮している組織の活動や決定に影響を与えることになるからです。

釣り考 その3

 前回、ドイツ鯉のことで一寸道草を食ってしまったようなので、これから親父が教えてくれた「置き針釣法」について話そう。
  この釣法は、釣りと言う概念より「漁」と呼んだ方がいいのかもしれない。
  50メートル程の強いタコ糸が道糸となり、ハリスはウナギ針で10本程度使用する道糸の先端に拳大の石を括りつけ、そこから1.5メートルくらいの間隔でウナギ針を10本結わえる、餌は大きめのドバミミズ。
  全ての針にミミズを付け終えると石の括られていない側の糸先を岸辺に生えている木に結わえ付け、先端石を湖に投げ込む。
  投げ込む時期は夕方、そして一晩置いた早朝それを引き上げる。
  ただこれだけのことである。
  引き上げると針の7割くらいに、野鯉やウナギが掛かっているが、ウナギが掛かるのは時々だった。
  ウナギは当然背開きにして蒲焼きで喰う。
  野鯉は鯉コクにしたり、アライにして喰う他、輪切りにして味噌漬けにして保存食とした。
  慢性食料不足の時代、随分助かったと思う。    
    この置き針釣法は、親父の友達が投げる時の不注意で針の一本がその人の足に掛かり大怪我をしたことがあったので、僕はやらせてもらえなかった。

    この置き針釣法には、投げ方に秘訣があるようだった。
    ピッチャーのような投げ方では駄目らしく、上に向かって遠投の要領で投げるようだ。
    水平に投げてしまうと針掛かりを起こすようだ。
    先人は色々工夫をしたのだろう。
    機会があったら津久井湖でやって見ようかな。
      ( 置き針釣法とは、はえなわ漁法なのかな)

   この木の根本にタコ糸の逆先端を結わえ付けて沖合に仕掛けを投げる。
 当時このボートはなかったのでボート の遙か先まで親父は投げたな。
 この木の上に非舗装の県道があり、更 に5メートルくらいの高台に我が家があった。

つづく

2011年9月14日水曜日

第三章 社会的責任の理解(その5)

3.3.4 社会的責任の統合

 社会的責任は、どうしても企業が行っている慈善事業のように組織内での日常業務とは切り離された別のものとして認識さやすい傾向にあります。確かに、組織が行う慈善事業が社会的課題の改善に大きく寄与することは間違いありません。しかし、慈善事業を行っていても日常の活動の中で発生する決定や行動が社会的責任を考慮しないものであったとしたら、社会に対してマイナスの影響を与えることもあります。

 したがって、組織のあらゆる部門において日常的に発生している決定や行動には説明責任が求められていることを理解しておく必要があります。社会的責任は、組織の決定や行動について、その意思決定が行われるあらゆる段階で判断の中心的課題のひとつとして機能していることが必要なのです。

経営悪化に伴う整理解雇を実施する場合の一般的な手順


社会保険労務士 富田保宏

 東日本大震災や円高など経営に与える影響が多いご時世です。会社を維持しているためには、避けて通ることができない事態として雇用調整が必要な場面があると存じます。この場合には、後々問題とならないための順序というものがあります。
 順序には、一般に残業規制などの経費削減の実施、新規採用を控える、昇給停止や賞与の削減、配置転換や出向、休業の実施、希望退職の募集等があり、最終的な手段としての整理解雇があります。整理解雇の4要件と呼ばれる判例が、この順序を考慮すべき背景にあります。

【整理解雇の4要件】
①人員削減の必要性
②解雇回避努力
③被解雇者選定の合理性
④労働組合等との協議・従業員への説明
まず、

【残業規制を検討する。】
 経費削減として、労働時間管理を徹底して、時間外労働の削減や抑制を図ることを行います。ムダな残業をしていないかを各部署、職場にて見直しを図りましょう。
 また、残業の事前申請制の実施。または残業を許可制にすることも必要です。本当に必要な残業なのかを職場内で従業員を入れて判断し、見極めましょう。従業員全員に意識化を図ることも大切なことです。

次に、

【新規採用を控えることを検討する。】
 採用取消にあたっての注意点があります。内定は、始期付解約権留保付労働契約といって、業績悪化を理由とする取消は従業員と同じ扱いとされます。規採用を不可能ないし困難であり、かつ内定当時予測できないものであることが要請されています。

次に、

【昇給停止及び賞与の削減を検討する。】
 経営状態によりこれら対応が可能な規定となっているか、就業規則や賃金規程を確認しましょう。昇給停止をする場合は、賃金カーブが中だるみをしないような配慮をしましょう。経営者自らが率先して、役員報酬の削減を行うことも大切なことです。

次に、

【社内での配置転換や関連会社への出向を検討する。】
 就業規則(異動)の規定を確認しましょう。注意点として、転籍は個別同意が必要となることがあります。

次に、

【休業の実施を検討する。】
まず、就業規則(休業手当)の規定を確認しましょう。中小企業緊急雇用安定助成金(雇用調整助成金)を活用しましょう。これを用いたか否かを後々問題となった場合(裁判)には問われることになります。

次に、

【非正規従業員の雇止めや雇用契約解消を検討する。】
 原則として契約期間満了での退職(雇止め)を基本に考える。
 期間途中での解雇は、正社員より簡単ではなく、やむを得ない事由がなければ途中解雇はできません(労働契約法17条)。

次に、

【希望退職の募集を検討する。】
 正社員の雇用削減手順は、①希望退職、②退職勧奨、③整理解雇の順です。
 希望退職と退職勧奨は、解雇ではなく合意解約です。
 検討課題として、対象者の範囲、募集人員、応募期間、年次有給休暇の買上げの有無等がありましょう。

次に、

【賃金カットの実施を検討する。】
  労働契約のやり直しであり、個別同意が必要となります(労働組合があれば協約に従うことで個別同意は不要)。
  就業規則による不利益変更の対応が必要となります。この場合の留意点として、①労働者の受ける不利益変更の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況その他就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであることが求められます。

次に、

【退職勧奨を検討する。】
退職勧奨では、希望退職の募集時と同様な検討課題があります。

最後に、

【整理解雇を検討する】
となります。


釣り考 その2

~ 親父が教えてくれた置き針釣法 前編 ~

    小学校3年生の時、僕達一家は相模湖の対岸にある戸建ての家に引っ越した。
    そこは、相模湖の湖岸を走る県道の前で、嵐山の登山口となる脇で県道から5メートルくらいの高台に位置し、相模湖が一望出来る場所であり、いつでも釣りが出来る理想の家だった。
    ただ、家の下は急な崖になっているので僕や弟が釣りをするのは、家から200㍍程東に行った船着き場のある片隅だった。
    そこは小さな湾になっていて、上に橋が架かっている。橋の上から湖面を見ると時々1メートルを超える野鯉が群れをなして悠々と泳いでいるのを見たことがある。
僕達は、
 「あんなのが釣れたらどうしよう」
  と恐怖に戦いたもんだが、考えてみればこんな粗末な仕掛けにあの鯉達が掛かる訳がないのに、その時は真剣に掛かったことの恐怖しかなかった。
その場所は野鯉がかかる場所でよく鯉が掛かったけれど、10匹に一度くらいの割合で「ドイツ鯉」 
       と呼ばれている鯉が掛った。  (こんな立派になった嵐山橋)


    ドイツ鯉は普通の鯉と殆ど同じ姿ではあるが、鱗に特徴があった。
    鱗が極端に少なく鱗が側線付近一列に不規則に並んでいる、そして体色も野鯉より金色っぽい不思議な鯉だったな。
    初めてドイツ鯉を釣り上げた時はなんだか気味が悪くて掴めなかったけれど、大人からこの鯉の話を聞いてからは、このドイツ鯉釣りに燃えた。
    しかし、何時の時期に誰が相模湖にドイツ鯉を入れたのだろう。
    そして今、相模湖でドイツ鯉が釣れると言う話しを聞いたことがない。
    今はもう幻の魚になってしまったのだろうか、それならもう一度挑戦してみたいな。
   
    インターネットで調べたらドイツ鯉の解説があった。

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    鏡鯉(Mirror Carp)
 全身を鱗で覆われた真鯉に対し、鱗が極端に少ないものをドイツ鯉と呼びます。
 その中でも鱗が側線付近一列に不規則に並んでいるものを鏡鯉といいます。体型
 は全長の割には体高が高く、全体的に丸みを帯びた感じがします。鱗は不規則に
 並んでいるだけではなく大きさも不均一なため、日本人の目から見るとかなり奇
 異な感じを受けます。これはヨーロッパにおける品種改良の結果生まれた品種で
 す。
   革鯉(Leather Carp)
 同じくドイツ鯉の中でも鱗がほとんどないものを革鯉といいます。食用とする目  的で、より鱗のない鯉をヨーロッパで品種改良した結果生まれたものです。日本  ではごく稀に鏡鯉に近いものを見ることがありますが、この革鯉は見ることがあ  りません。それは日本にドイツ鯉を移入した際に、日本の鯉との交配がなされた  ため鱗が入っているようです。
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つづく

2011年9月7日水曜日

釣り考 その1

釣りを始めたのはいつ頃だろうか、確か小学校1年生の頃だと記憶しているので、もう50有余年になるんだな。
今は究極のテンカラ釣りが自分の到達点だったと思っているが、そこへ辿り着くにはどんな釣り変転があったのか紐解いてみよう。

1 釣りを始めた時期

    僕の誕生と時期を同じくして「相模湖」と言うダム湖が完成した。
    そして、当時僕は相模湖の対岸に位置する藤野町の吉野と言う地域の相模湖を目の前にした集合住宅に住んでいた。
    昭和20年代後半で食料は常態として不足をしていた頃だったので、親父はその食料不足を補うため、相模湖で野鯉釣りをしていたようだ。
    家の前に5メートルくらいの竹の延べ竿が一本置かれていたのを、うっすら覚えている。親父は多分その竿で野鯉釣りをしていたのだろう。

    釣り場は天垂下の湾になったところ(僕はその場所に行ったことはないけれど記憶があるのは、きっと親父がよく話してくれたからだろうと思う)で、餌はサツマイモを蒸かして1㎝くらいの賽の目に切ったもの。
    2尺の野鯉を釣り上げるのに30分くらいかかると言ってたけれど、自分が野鯉釣りを初めてその言葉がよく判った。当時は今のような強い天蚕糸がなかったから、きっと大変な遣り取りをして釣り上げたのだろうと思う。

    しかし、野鯉を食べた記憶が僕にはない。親父は鯉コクや味噌漬けの話をしていたので、きっとそんな食べ方をしたのだろうけれど記憶が欠落しているようだ。
    僕は小学校1年生の頃、家族で相模湖町の伯父の家に引っ越した。
    そこで年上の3人の従兄弟やマツギの勇ちゃんをガキ大将に多くの仲間達に出会い、沢山の遊びを覚えたが、釣りもその一つだった。
    暇が出来ると相模湖に行き、岸辺で大人達が落として行った釣り針捜しから始まり、天蚕糸は家にある木綿糸、竿はその辺の竹藪から取って来た竹、錘も浮子もなく、ただ竿の天蚕糸と針が付いているだけのもの、餌は何処にでも居るミミズ。
    針にミミズを掛け、魚が居そうな場所に投げ込み、自然の重さで沈むのを待ち、天蚕糸を張っていると手にビクビクと言う、何とも言えない感覚が伝導される。

    そこからが勝負となる、最初はその感覚と同時に上げていたが、釣れない。
    繰り返す内に学習能力と感性が一致すると、どの時期に上げればいいか判ってくる。ドバミミズは長いから小さい魚は一気に飲み込めない、だから魚が針に到達するのを待ち続けると、体が「今だ」と教えてくれるので竿を上げると必ず掛かっている。釣れる魚は小鮒やハヤ、オコゼの類であるが小学校1年生の僕には何とも言えない高揚感と達成感が一人前の釣り人気分にしてくれたな。
    その後、瓶拾いや電線拾いでお金を稼ぐようになって、木綿糸の仕掛けから卒業し、ナイロン糸や板鉛や玉浮子を買えるようになると俄然釣りにのめり込んだ。
こんな立派な釣り仕掛けが持てるようになった。
ハリスは当時流行っていた赤色二股のもので板鉛を固定し、その場所に合った棚に玉浮子を装着し、投げ込む。
餌は当然ドバミミズ。

玉浮子がピクピク動き出すと緊張感が高揚し、上げる時を待ち、感性の趨くままに引く。
調子がいい時には2匹釣ることも出来る。
小魚でも2匹掛かると、2匹が違う方向に泳ぐので、その引きはもの凄く強く尺鯉が掛かったのではないかと思うくらいだ。
何時だったかこの仕掛けに2匹の金魚が掛かったことがあったけど、何故相模湖に金魚が居たのか今でも不思議の一つだな。

トム

第三章 社会的責任の理解(その4)

3.3 社会的責任の特徴

3.3.2 社会の期待

 これまでのコンプライアンスは法令遵守と訳されて、法律や決められた社会的規範を遵守することに主眼が置かれてきました。しかし、色々な組織の活動が大きく広がり、グローバル化が進むと共に、組織にはこれまでのコンプライアンスを超えて社会的要請に応えることまでが求められるようになってきました。

 社会的責任は、コンプライアンスを超えて社会の要請に応えることを期待されています。社会的な期待は、それぞれの社会における倫理観やその時々の社会的課題、国際規範、そして文化によって異なってきますから、組織の活動が行われている地域での社会的期待を認識しておくことが必要です。



3.3.3 社会的責任におけるステークホルダーの役割

 組織をとりまくステークホルダーは、組織の構成員や顧客、地域の住民など多岐にわたるのですが、組織がその範囲を定めなければとても広く漠然としたものになってしまいます。そこで、組織は、組織の決定や行動に対して利害関係のあるステークホルダーが誰なのかを確認し、それを特定することが必要となり、これが社会的責任に取り組む最初の一歩となります。

 ステークホルダーエンゲージメントには、ステークホルダーとの対話がなければなりませんが、そのためにも、ステークホルダーの特定をすることが大切になります。ただし、ここで特定されたステークホルダーは、必ずしも組織の属する社会全体と組織との間の利害関係の全てを代表しているとは限らないことを理解しておかなければなりません。